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東京高等裁判所 平成11年(行コ)51号 判決

控訴人・附帯被控訴人

横浜市長 高秀秀信

右訴訟代理人弁護士

村瀬統一

二川裕之

大和田治樹

被控訴人・附帯控訴人

大川隆司

主文

一  本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人・附帯被控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人・附帯控訴人の負担とする。

事実及び理由

第二 事案の概要

事案の概要は、次のとおり付け加えるほかは原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の内容」記載のとおりである(ただし、原判決書一〇頁一〇行目から一一行目にかけての「別紙一の」次に「公文書」を加える。)から、これを引用する。〔中略〕

二 公開条例九条一項一号該当性の有無

1  控訴人の主張

原判決は係争情報を「個人情報の端緒となる情報」とした上で、係る情報は、〈1〉プライバシーとしての要保護性が弱く、〈2〉公開条例九条一項一号かっこ書に定めるのに準じる公的機会に作成されたものである場合には同号本文にいう非公開情報に該当しないとし、結局、係争情報は同号の「個人に関する情報」には該当しないとしているが、右認定判断は失当である。

すなわち、右〈1〉につき、第一に個人の土地譲渡は一生に一度あるかないかのしかも高額な取引で、その譲渡価格に関する情報は保有資産全部に匹敵する情報である場合がほとんどであって単なる一取引に関する情報とはいえないし、「土地から現金に資産の保有態様が変わったにすぎず驚くほどのことではない。」とすると個人資産の売却価格はすべて保護の対象となり得ないという極めて不合理な結果となる。第二に、公共用地の取得価格算定に当たって要請される公示価格との規準(公有地拡大法七条、地価公示法九条)とは、買収価格を定めるに際し対象地とその近隣地域又は類似地域内の公示標準地について諸要因の比較(時点修正、地域要因の比較、個別的要因の比較)を行った上でその結果に基づいて買収価格と公示価格との間のバランスをとらせることを意味するものである(地価公示法一一条参照)。係争情報に係る土地の状況・特性は千差万別であって、右手法による算定価格は公示価格と相当乖離するのが通常で公示価格から譲渡価格の見当がつくのは極めて限定された場合であるし、更に実際には当事者間の用地取得交渉によって最終的に譲渡価格が決定されるのであるからこれを予測することは困難である。したがって、市や公社による公有地の取得価格は公示価格を規準に一律に決められる性格が強いとかある程度見当がつくものであるということはできないし、仮に近似値が求められるとしても、そのことと譲渡価格そのものを公開され当該個人の財産状況の一部が白日の下に曝されてしまうこととは全く意味が異なる。この点に関する被控訴人の公示価格規準主義なる語を用いた主張は、そこでいう主観的な条件や客観的な条件とは何を指すかも判然としないものであって失当である。第三に、租税特別措置法三四条の二第二項四号による譲渡所得特別控除の優遇措置は公共事業に伴い譲渡人に負わされた財産上の損失に配慮した措置であって、プライバシー保護とは全く次元が異なり、当該個人が右優遇措置の適用を期待して土地譲渡に応じたとしてもそれによって当然に自己のプライバシーまでも放棄したとはいえない。

また、右〈2〉につき、そもそも「公開条例九条一項一号かっこ書に定めるのに準じる公的機会」なる概念が曖昧であるし、右かっこ書は同号本文や公開条例三条が個人のプライバシー保護に最大限の配慮をしようとしていることに鑑み、市民の生命、身体、財産等を危害から保護し公共の安全を確保する観点から公益上公開すべき積極的理由が強いものに限定して公開する趣旨であって、公有地拡大法四条、五条による先買制度が地方公共団体等に土地買取りの第一次的な交渉権を与えること等を目的とするものであるのとは明らかに趣旨を異にするものである。

本件における係争情報の対象土地は公有地拡大法四条、五条の先買制度によって取得されたものだけではなく、寄付など他の理由によって取得されたものも含まれている(市が取得した代替地一二五〇件のうち先買制度による取得は五一件のみで、他は購入、交換、寄付等によるものであり(〔証拠略〕)、公社が取得した先行取得用地一五三件のうち先買制度による取得は六七件で、他は同法一七条一項一号により道路、公園等の事業用地として取得した土地等である(〔証拠略〕))。右寄付などによって取得した土地が同号かっこ書に該当しないことは文言上明白であり、同法所定の面積(横浜市の場合は平成元年四月より前は三〇〇平方メートル、同月以降は二〇〇平方メートル、平成五年五月以降は一〇〇平方メートル)未満の土地については同法四条、五条の適用はなく届出や申出は不要であるからこの場合にも同号かっこ書に該当せず、他に同号かっこ書に準じるものとする何らの合理的根拠もない。

本件各文書につき、所在地と登記簿の記載を照合すれば譲渡人が容易に判明するところ、これに加えて係争情報までが公開されれば個人のプライバシーである財産状況が白日の下に曝されることになり、公開された譲渡人から控訴人に対するプライバシー権侵害を理由とする損害賠償等の訴えがされることも十分に予想される。このような個人に関する情報を開示する社会的コンセンサスが十分に得られているとはいえない状況下において係争情報を公開することは時期尚早かつ不相当であり、係争情報は公開条例九条一項一号の「個人に関する情報」に該当すると解すべきである。

また、地方公共団体による財産の取得は本来議会の議決事項であるとの被控訴人の主張は地方自治法九六条一項八号の規定を誤解するものである。すなわち、地方公共団体の長は同法一四九条六号により財産の取得を原則として単独ですることができ、条例に定められた特に高額かつ重要な財産の取得についてのみ例外的に議会の議決が必要とされるのであって、右主張は公益性を基礎づける根拠とはならない。

更に被控訴人主張の土地政策審議会提言は一部有識者の集合体の意見にすぎず、これによって広く国民全体のコンセンサスが得られているとはいえない。右提言自体、土地の売買価格に関する情報を広く一般に開示することを前提とせず、むしろプライバシーに関する懸念が社会一般に存在していることを承認しているし、公共用地の売買であっても私人間の土地売買と異ならず、それが私事であってプライバシーであることは明らかである。更に、情報公開条例の制度趣旨や規定の文言は地方公共団体の個別的・具体的事情により異なるのであるから、支障の有無はあくまで当該地方公共団体内における支障の有無を検討すべきものである。なお、川崎市は所在地につき従前は地番を含めて公開していたが、最近になって地番は非公開とするに至っており(〔証拠略〕)、このことは所在地及び価格に関する情報の全面的公開により何らかの支障が生じたことを示すものである。

2  被控訴人の主張

公開条例九条一項一号かっこ書は保護されるべきものを市民の生命、身体、財産等に限定しておらず、そのことは同項二号ただし書との規定の仕方の相違から明らかであり、控訴人の主張は前提から誤っている。

係争情報は市の取得した財産の対価及び今後取得する財産の予定対価であり(公社が取得した場合でもそれは市の先行取得依頼に基づくもので、市は公社の取得価格に利息等を加算した価格でこれを買い取ることが義務づけられているし、金融機関に対し公社の取得資金債務を連帯保証している。)、市の予算の執行に関する情報であるから、これを公開することが公益に合致している。本来、地方公共団体による財産の取得は議会の議決事項であり(地方自治法九六条一項八号)、当該財産の取得の必要性や対価の適正性は公開の議場において議論されるべきであり、横浜市の場合、条例により面積二万平方メートル未満又は価格一億円未満の土地の取得については議決事項から除かれ市長の権限において処置できるものとされているが、係争情報は市長の権限が適正に行使されているかをチェックするために必要不可欠な資料であり、その価格が議会の議決事項にならない範囲であるからといってこれを秘匿しなければならない合理的な理由はない。また、地方公共団体の長は財政状況の公表義務があり(同法二四三条の三)、地方公共団体を一方の当事者とする土地売買は住民の監査請求の対象である(同法二四二条)が、係争情報に住民がアクセスすることができなければ住民の監査請求権は絵に描いた餅となってしまう。

更に係争情報の対象土地が寄付などにより取得されたものも含むとしても、本件非公開処分の当否に影響はない。公有地拡大法七条が採用する公示価格規準主義は、公有地拡大法固有の原則ではなく都市計画区域内における公共事業を行うためのすべての用地取得に適用される地価公示法九条に規定され、市や公社が土地を取得する場合にはそれが同法所定の先買制度によるか否かにかかわらず実際上すべて公示価格規準主義が適用される(なお、贈与等の無償取得の場合でも公示価格を規準として簿価が設定される。)。公示価格規準主義に即して決定される公有地の取得価格の公表は、第一に右価格が売主の主観的事情を反映しないこと、第二に公示価格を基準としてこれに時点修正、地域要因、個別的要因に基づく修正を踏まえて標準地以外の特定の土地の客観的価格(公示価格規準価格)を把握することは近似的な価格を把握する限度では極めて容易であることからして、係争情報は近似的には既知である情報の公表というべきであって、売主のプライバシーを侵害しないか侵害性は希薄であるというべきである。原判決は控訴人主張のように価格の一律性を肯定するものではなく、対象土地と標準地との価格の差は主観的な条件ではなく客観的な条件の相違を反映するものであるという公示価格規準主義を指摘したものにすぎない。

土地の売買価格に関する情報の公開が売買当事者のプライバシー侵害にはならないという考え方はいまや社会的コンセンサスを得ている。このことは土地政策審議会の平成一一年一月一三日付けの提言における「土地の実売価格及び成約賃料は個人の基本的人権にかかわる情報とはいえず、その開示がプライバシーの侵害に当たるとは考えられない。」との判断等(〔証拠略〕)にも端的に示されている。また、公共用地の売買は私事としてのプライバシーでないことは明白であるし、情報公開によって侵害され得る個人の利益が情報公開の意義を上回るほどでなければ公開条例九条一項一号の非開示事由を充足するとはいえないところ、仮に係争情報が個人情報であるとしてもそのプライバシー性は極めて希薄で、これを公開することは同号かっこ書の公益上特に必要と認められる場合に該当するから、非開示事由があるとはいえない。

三 公開条例九条一項二号該当性の有無

1  控訴人の主張

当該法人等に「明らかに不利益を与える」おそれが経験則上容易に予測される場合は公開条例九条一項二号に該当するのであって、不利益を生ずる具体的状況が客観的に存在することは必要ではない。

公共事業の対象となる法人は比較的小規模のものが多く、右二の個人の場合と同様に土地の譲渡は保有資産全部の情報にほとんど匹敵するものである。また、公示価格との規準の問題等も右個人の場合と同様であり、結局係争情報の公開は公示価格から乖離した実際の取得価格の公開につながり、当該法人の財産の運用状況や経営状況等の特殊性が十分推測されるものであって、このような状態を惹起することは当該法人の営業上の地位等に明らかに不利益を与えることが経験則上容易に予測される。したがって、係争情報は公開条例九条一項二号に該当する。

2  被控訴人の主張

前記のように個人が売主の場合にその処分価格の公表は売主に格別の不利益を与えるものではなく、法人が売主の場合にも同様のことがいえる。法人が営業の基盤である土地を手放したという事実が当該法人の信用評価にかかわるケースもあり得るが、それは係争情報の公表を待つまでもなく登記簿等によって明らかな事実である。

四 公開条例九条一項六号該当性の有無

1  控訴人の主張

公開条例九条一項六号は非公開事由につき「損なわれると認められるもの」等と規定し、支障が客観的に認められることを要件とするものではなく、単に支障を及ぼすおそれないし可能性を要件としており、また、右支障を及ぼすおそれは現実的かつ具体的なものであることを要しないと解すべきである。なぜなら、情報は本質的にその流通先、使用先、利用方法等のすべてを把握することが不可能で、事前に支障が生じるおそれを現実的かつ具体的に主張立証することも不可能であり、しかも情報が流通して現実的かつ具体的な支障が生じてからそれを回復することも困難である上、いわゆるインキャメラのような制度がない以上当該文書を証拠として提出することもできないが、この主張立証がないために非公開決定の取消しが認められるとすれば本来公開すべきではない文書を公開させることにもなってその影響は重大であるところ、このような事態は情報開示によって得られる利益とプライバシーや円滑な行政の必要等の開示によって影響を受ける側の利益とを考慮しそのバランスの上に開示請求権を認めようとした公開条例の趣旨に反するもので、同号がこのような事態を容認しているとは考えられないからである。また、現実の行政事務において作成、取得される文書には様々なものがあり、その文書の公開によって生じる支障については当該行政機関の判断が尊重されるべきである。

その他、前記のように係争情報については知られたくないというのが市民感情であり、その公開は関係当事者との信頼関係を損なうし、土地の取得価格は個別的要因のほか地域要因や地価の変動等も複合的に作用して形成されるもので、相手方が近隣の先例価格に固執することも数多く存在するのであって、このような用地買収交渉の実務を「考え難い」「実効性のある行動ではない」として無視することはできない。また、前記のように本件における係争情報の対象土地には事業用地も含まれており、係争情報を公開することは、買収交渉中はもちろんその後であっても隣接地域における今後の用地買収交渉を著しく困難としひいては用地買収を前提とする公共事業そのものの執行に著しい支障を来すおそれがある。

2  被控訴人の主張

支障の有無を判断する論理的前提として情報がどのように利用されるかが想定されるべきものではあるが、それは請求者が主観的に考えている利用法に限らず広く一般に当該情報が公開された場合、実際には当該情報が行政にとって最も困る相手に困る状況の下で利用される場合を想定すれば十分であり、本件の場合は今後の買収予定地の所有者が従前の買収価格を知ることを想定すれば足りる。また、それが行政事務に支障を与えるか否かの判断は当該情報の内容把握と密接な関係にあるが、係争情報は地方公共団体の事務にかかわるもので地方自治法等に基づき全国の地方公共団体が普遍的に取り扱っているものであるから、裁判所は客観的に支障の有無について判断することができるといえる。

なお、不開示情報に関し、情報公開法五条六号は「事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」と規定しているが、右規定の行政解釈(行政改革委員会の平成八年一二月一六日付け「情報公開法要綱案の考え方」)は「行政機関に広範な裁量権を与える趣旨ではない。」「『支障』の程度は名目的なものでは足りず実質的なものが要求され、『おそれ』の程度も単なる確率的な可能性ではなく法的保護に値する蓋然性が当然に要求されることとなる。」としており、これにより厳格に「著しい支障があると認められる」場合に不開示情報とする旨を規定している公開条例九条一項六号の規定を控訴人主張のように解すべき余地はない。

土地の価格情報を知られたくないという市民感情があるとしても、そのような主観的感情は客観的に保護されるべきものではない。また、買収済みの特定の土地の売買価格公表は買収機関により提示価格の合理性を根拠づける具体的資料ともなり、このような合理的な説得には耳を傾けるというのが通常の市民像であり、これに理解を示さない売主が存在するとしても情報公開の可否を検討する上で「いかなる合理的な説得を受け付けない無知蒙味な住民」を基準とすることは不適切である。売主が買収交渉に応じないとか過大な対価に固執することは一般の取引においてもしばしば存在する事態であり、それが「著しい支障」であるとはいえない。公共事業用地の買収に関しては土地収用法という鞭と租税特別措置法という飴が制度的に用意されているのであるから、売主の不合理な反対などは手続の流れを左右する客観的な支障とはなり得ない。そして現に公開している地方公共団体が支障がないと回答していること(〔証拠略〕)に照らせば、控訴人の主張は事実の根拠を欠くものというべきである。〔中略〕

第四 当裁判所の判断

当裁判所も被控訴人の請求は原判決認容の限度で理由があり、その附帯控訴に係る請求につき訴えを却下した原判決は相当であると判断する。その理由は次のとおり付け加えるほかは原判決「事業及び理由」中の「第三 争点に対する判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  訴えの利益の有無

1  被控訴人は違法な非公開処分がされた場合、その取消しによって公開条例の定める手続による公開を求める権利の侵害状態が回復されない限り訴えの利益は消滅しないと主張する。

2  公開条例は請求者の知・不知を公開請求の要件としていないから、取消訴訟提起の前後を問わず、被控訴人が何らかの機会に何らかの方法によって当該文書の内容を知り又は写しを入手したというだけでは非公開処分取消しの利益は失われないのが原則であるといえる。

しかし、公文書の公開請求は、その請求自体あるいは当該文書の公開によって行政の公開性を高め、住民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資するものであるが、その第一次的な目的は請求者において当該文書の内容を了知することにあると考えられる(なお、公開請求は住民監査請求の前提ないし手段として用いられることがあるが、公開された文書の検討やそれに基づく住民監査請求等を公開請求の第一次的な目的とすることができないことは明らかである。)。

そして、本件においては公開を求められている当の相手方が訴訟手続という厳正な手続の中で当該文書を根拠(書証)として提出しているものであり、このような場合には、当該文書の原本自体が提出されるときはもとより、原本に代えて写しが根拠として提出されるときであっても正確な写しであることが十分に担保されているから、いずれにしても、その副本(写し)が請求当事者に交付されることにより、文書公開手続において請求者の求めに応じて写しが交付され、請求者が公開条例による第一次的な目的を達したのと全く同じ結果が実現されることになる。

なお、公開条例は、公開の方法として閲覧と写しの交付という二種の態様を定めており、両者間に公開方法としての軽重の差を設けていないが、原本の正確な写しが交付される場合、請求者は文書原本の記載内容を了知できることに加え、その写し自体を入手、保存することによりいつでもその内容を確認できることからすれば、特段の事情がない限り、写しの交付によって公開請求の第一次的な目的は達成されるものと考えられる。本件公開請求において被控訴人は本件各文書につきいずれも写しの交付を求め、更に代替地一覧表については閲覧も求めているが、写しの交付を得るほかに当該文書を閲覧することに特に重要な意義があるとすべき事情があることは窺われない。

3  公開請求に対する非公開処分取消訴訟の認容判決(取消判決)は、行政庁等をして改めて公開請求に対する処分をしなければならない状態に復させるだけで、右判決によって当然に当該文書が公開されることになるわけではないが、行政庁等の取消判決の拘束力により、再び同じ理由により非公開処分をすることはできないことになる。そして本件の場合、取消判決がされると、控訴人が他の理由で再度非公開処分をすることのない限り当該文書が公開されることになる。被控訴人が本件取消訴訟を提起した終局の目的は、右のようにして当該文書の公開を図ることにあると考えられる。本件においては、前記のようにこの目的は実質的に達成されているとみることができる。

4  処分取消訴訟の係属中に行政庁等が処分の一部を撤回、変更等をすることにより訴えの対象に変動を生じることは他に例がないわけではなく、そのような場合を含め処分の名宛人が処分取消しによらずに利益を回復し目的を達した場合には訴えの利益は消滅すると解される(最高裁判所昭和五七年九月九日判決・民集三六巻九号一六七九頁参照)。

5  非控訴人は、公開条例による文書公開は同条例の定める手続によって公文書の公開を求める権利を具体的に保障するものである旨主張する。

公開条例による文書公開制度の趣旨目的を、文書の公開を求める権利が究極的には憲法に由来していることや、公開条例の制定に至る社会的歴史的背景等に照らして考えると、公開条例は請求者にその規定に基づく公開決定を得てその手続の中で閲覧ないし写しの交付を求めるという公正な手続によることの利益を保障していると解するのは理由のあることである。しかし、本件のように現に当該文書の写しを前記の方法で入手している当事者については例外的に処分取消しの利益を消滅したとすることが公開条例の趣旨目的に反するとまではいえない。

6  以上のことからすると、控訴人が本件非公開処分において非公開としていた文書の一部分(代替地一覧表の「所在地」並びに資産明細表の「資産名」のうちの地番及び「所在地」の部分)を書証(〔証拠略〕)として提出し開示するに至った本件においては、更に右非公開処分を取り消す利益はもはやなく、訴えの利益は消滅したというべきである。

二 公開条例九条一項一号該当性の有無

1  原判決書三四頁八行目の「該当する」の次に「との」を加え、同三五頁三行目の「継続中」を「係属中」に、同三六頁七行目の「からの」を「による」に、同三七頁二行目の「整う」を「調う」に、同頁一〇行目の「資産」から同二行目から一二行目にかけての「証拠はない。」までを「資産等の一覧表である(なお、〔証拠略〕によると、係争情報の対象土地は公有地拡大法四条、五条の先買制度によって取得されたものだけではなく寄付など他の理由によって取得されたものも含まれている(市が取得した代替地一二五〇件のうち先買制度による取得は五一件で他は購入、交換、寄付等によるものであり、公社が取得した先行取得用地一五三件のうち先買制度による取得は六七件で他は公有地拡大法一七条一項一号により道路、公園等の事業用地として取得した土地等であることが認められる。しかし、右のうち有償で取得されたものは先買制度で取得されたものと別異に扱うべき理由はないし、寄付等無償で取得されたものについては有償で取得されたものに比してプライバシーとしての要保護性が弱いというべきであるから、実質的に見て公開条例九条一項一号の個人に関する情報に該当するとすることはできない。したがって、以下において公有地拡大法の先買制度を含め有償で取得された土地について更に検討を加えることとする。)。」に、同四〇頁一一行目の「係争情報は、公有地拡大法に基づく」を「係争情報は、それが公有地拡大法の先買制度に基づいて取得された土地に関しては同法による」に、同四一頁一行目の「整った」を「調った」に、同三行目の「高いというものである。」を「高いもので、他の有償で取得された土地に関する係争情報も同様である。」にそれぞれ改める。

2  控訴人は、公開条例九条一項一号を原判決のように解すると個人資産の売却価格はすべて保護の対象となり得ないという不合理な結果を招く旨主張するが、右売却価格が公開されるのは本件のような地方公共団体や土地開発公社の取引の場合に限られ、私人間の取引までもが公開されるものではなく、また、右地方公共団体等との取引においてはその公開が公益上特に必要と認められることは前記(引用の原判決記載)のとおりであるから、右主張は採用できない。

また、控訴人は土地の状況・特性は千差万別で市や公社による公有地の取得価格は公示価格を規準に一律に決められる性格が強いなどとはいえないとして原判決の認定判断が相当ではない旨主張する。しかし、公有地拡大法七条、地価公示法一一条によれば公有地の取得価格は公示価格を規準としてそれに必要な時点修正、地域要因、個別的要因に基づく修正をして算定されるべきもので、私人間の取引に時として見られるような駆け引きや投機等の思惑によって価格が大きく変動するものであってはならないというべきであるから、原判決の右認定判断は相当である。

その余の控訴人の当審における主張も、独自の見解であるか原判決の認定判断を覆すに足りるものではないから、いずれも採用することができない。

三 公開条例九条一項二号該当性の有無

控訴人は、公開条例九条一項二号に該当するといえるためには不利益を生ずる具体的状況が客観的に存在することは必要ではない旨主張するが、採用できず、また、公共事業の対象となる法人は比較的小規模のものが多いと認めるに足りる証拠もない。法人が営業基盤となっている土地を手放した場合その事実が当該法人の信用評価にかかわることがあるとしても、そのことは登記簿等によっても明らかになる事実であるし、法人等が売主である場合に前記の個人が売主の場合以上にその処分価格の公表が売主に格別の不利益を与えるものというべき根拠もなく、控訴人の主張は採用できない。

四 公開条例九条一項六号該当性の有無

1  控訴人は、公開条例九条一項六号は非公開事由は単に支障を及ぼすおそれないし可能性を要件とするもので、また右支障を及ぼすおそれは現実的かつ具体的なものであることを要しないなどと主張する。

しかし、情報については本質的にその流通先、使用先、利用方法等のすべてを把握し、生じ得る支障を現実的かつ具体的に事前に主張立証することは不可能であるといえるが、そのことから右主張のように同号を解釈することはできず、また右解釈によれば契約に関する情報はほとんどすべてがこれに該当することになってその不当であることは明らかである。そして右支障等は一般に想定される流通先や利用方法等の中で最も関係当事者間の信頼関係を損なったり当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障を及ぼす場合を想定して検討すれば足りるところ、本件において係争情報の公開により信頼関係を損なうおそれがあるのは当該取引における売主であり、将来の同種事業の円滑な執行に支障を及ぼすのは今後の買収予定地の所有者であるということができる。しかし、前記(引用の原判決記載)のように右公開により売主を含む関係当事者との信頼関係を損なったり今後の買収予定地の所有者との間で著しい支障が生じるということもできないから、右主張は採用できない。

2  なお、控訴人は係争情報につき知られたくないという市民感情があるとするが、そうであるとしても公有地の取得に関しては右感情は保護されるべき利益ということはできない。

また、用地買収の実務において相手方が近隣の先例価格に固執することがあるとしても、右相手方の対応は不合理であり、相手方がそれに固執し続ける場合には土地収用法の適用などの別途の方策によって解消し得るものであるから著しい支障ということはできず、情報公開をするか否かを右のような者の存否にかかるものとすることはできない。

第五 結論

よって、控訴人の本件控訴及び被控訴人の附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 笠井勝彦)

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